講座002 絵画を楽しむ

第1回 光と陰と実在を描く

上の絵、ぱっと見ると水墨画のように見えます。しかし、これは水墨画ではありません。にわかには信じがたいように思われますが、17世紀のバロック絵画なのです。もちろん、それそのものではなく、ある加工がしてあります。元の絵が下のもの。それではどんな加工がしてあるのかというと、ポジとネガの反転です。(絵はコルネリス・ド・ヘーム「果実と海老のある静物画」

彫刻などの立体的な作品と違い、絵画は平面上に描かれます。したがって、作品を完成させていく上で、平面上にどのようにして立体を再現するのかということがテーマの一つとしてあがってくるわけですが、その解答として陰影による表現があります。レオナルド・ダ・ビンチによって描かれた「モナ・リザ」はスフマートによる陰影表現の極限と言われるほどの量感を湛えていますが、こうして完成された立体表現としての陰影の技法は、やがて、平面上に立体を再現するための陰影から、光と闇のドラマチックなコントラストを楽しむ、つまり、絵画の劇的な要素を強調し、それを高めていくための陰影表現になっていきます。ちょうど、ステージ上でのスポットライトのような効果を狙っているわけです。カラバッジオやレンブラントにみられる明暗法(キアロスクーロ)です。


     【レオナルド・ダ・ビンチ「モナ・リザ」】

   顔の部分だけを切り抜きましたが、筆致を残さず、そして

   れほどまでに見事に実在感を表現する技法はレオナルド・

   ダ・ビンチによって完成され、また、彼にしかできないもの

   でもありました。同時代の画家たちから、「奇跡」と言われ

   るはずです。

     【明暗法による作品】

   絵は左から、カラバッジオ「聖マタイの召命」、レンブラント「水浴の女」、

   ライト・オブ・ダービー(ジョセフ・ダービー)「空気ポンプの実験」

明暗法が隆盛になってくると光を描き、光を強調するために、画面の大半を暗部として描くようになってきます。このことは、物の存在をキャンバスに描くために、物が反射した光を忠実に再現しようとしたそれまでの技法に対して逆説的と言えます。

さて、ここで改めて最初の静止画をみて少し考えてみましょう。卓上の果物、食器に反射する光を効果的に表現するために、背景は暗く描かれている。そして、それを反転させると水墨画のようになるということ。これは、元の絵で光が当たって明るくなっている部分が暗くなり、逆に、陰の部分が白くなっているわけですから、作者の本来の意図からすれば、絵画として破綻していると言えそうなものですが、しかし、ちゃんと絵画として成立しているように見える。西洋絵画が光の様子を捉えようとして陰を描き、物の存在に迫ろうとしたのに対して、東洋の絵画は、そうした光や陰に左右されないそのものの実在にダイレクトに迫ろうとした技法として成立しているからこうしたことが起こるのではないでしょうか。

それではもうちょっと進んで、光を描くために陰を描く方法(言い換えれば、陰を描いて光を表現する方法)でもなく、実在そのものを描く方法でもなく、光そのものを描いて物の存在に迫る方法はないのか? これについては次回の講座で考えてみたいと思います。

※ この講座「時間、暦について考える」は全3回のシリーズで行います。第2回は、7月にアップロードの予定です。

※ この講座の受講証書は、全3回が終了した後に発行を受けることができます。